「渚の螢火」は、日本復帰を間近に控えた沖縄が舞台のミステリー小説です。
ただのミステリーではなく、3つの顔を持っています。
- タイムリミット作品
- 警察ミステリー
- 歴史小説
また本作は、電子書籍・権利ビジネスが紙を上回った作品として有名です。
講談社売り上げ、電子書籍・権利ビジネスで紙を上回る:朝日新聞デジタル https://t.co/AaUMOVMIyI
ついにもうそんな時代が来てるとは
— 坂上泉 (@calpistime) February 18, 2021
そこで今回は「渚の螢火」のあらすじと作者の坂上先生のご紹介をお送りします。
さらに、既読の方向けに、ネタバレ解説を行っています。
未読の方はご注意ください。
人物紹介も行っているので、ぜひ最後までご覧ください。
「渚の螢火」あらすじ紹介
共同通信に坂上泉さん著『渚の螢火』の書評も書きました(5〜7月に各地方紙に掲載)。
沖縄本土復帰50年の5月15日にこの本を読み終え、同じ日に琉球新報の50年前と今年の見出しをみて、胸を突かれました pic.twitter.com/K7gDOtw7xz— 櫻木みわ (@pinako45) September 1, 2022
あらすじ
沖縄の日本返還まで、あと2週間。
その日、琉球銀行の現金輸送車両が襲われ、100万ドルが奪われてしまいます。
円ドル交換は、新生沖縄県の幕開けの一大事業です。
つまり、琉球政府の威信は地に落ちます。
さらに。
日本政府はアメリカに、ドルを完全な状態で引き渡す約束をしていました。
100万ドルが奪われたままだと、高度な日米間の外交紛争に発展してしまうのです。
このままでは、琉球政府の高官は更迭され、東京から官僚が送り込まれる羽目に……。
琉球政府は、極秘裏に100万ドルを奪還する覚悟を決めます。
そのために選ばれたのが、琉球警察本部・本土復帰特別対策室。
しかし人員は、班長の真栄田、室長の玉城しかいません。
さらに、事務員の愛子。
そして捜査一課から、与那覇。
しかし与那覇は真栄田を「内地人」と毛嫌いしています。
これに奪還現場に居合わせた所轄の比嘉。
5人による、極秘にして不可能の100万ドル奪還劇が幕を開けます!
人員も予算も不足。
さらに迫るタイムリミット(沖縄の本土復帰)。
捜査線上に浮かびあがる、米兵狩りで名を馳せた宮里ギャングの5人。
そして真栄田達は宮里達まで、あと一歩と迫るものの、火力が足りない事態に…。
真栄田はアメリカに漏れるのを覚悟で、憲兵のイケザワ大尉に協力を申し出て……。
しかし情報が敵に漏れる……。
インフォーマー(内通者)がいる!
裏切り者は誰だ!?
生きて帰れるのか!?
そして世界の命運を握る100万ドルを無事に奪還できるのか!?
事態は19年前の連続絞殺事件の被害者となった女性に飛び……。
沖縄の歴史をまざまざと見せつけられながら、それでも真栄田は「本物の警官」にこだわった結果……。
人物紹介
真栄田太一
琉球警察本部・本土復帰特別対策室の班長。
警部補。
成績優秀で内地の大学(日本大学)に進学したエリート。
また警視庁に2年間、研修に行っていた。
詐欺・横領事件のエキスパート。
島出身で、日本人でも沖縄人でもアメリカ人でもない……アイデンティティに苦しんでいる。
出産間近の妻がいる。
100万ドル奪還の密命を帯びる。
玉城泰栄
本土復帰対策室の室長。
戦後の民警察(CP)時代から奉職するベテラン。
警察内部からの信頼は厚い。
妻が癌で日赤に入院中。
その入院費用が必要らしい……。
与那覇清徳
琉球警察本部・捜査一課班長。
真栄田とは高校の同級生。
しかし真栄田のことを「内地人」と毛嫌いしている。
捜査にのめり込むタイプ。
実は情に厚い。
新里愛子
本土復帰対策室の事務職員。
フォード車を乗り回す。
刑事に憧れを抱いている。
100万ドル奪還では、捜査の才能を発揮する。
比嘉雄二
琉球警察・石川署捜査課捜査員。
高校時代は不良だったが、与那覇に憧れて任官。
ガタイがいい。
捜査上の流れと我那覇と面識があったことで、100万ドル奪還の捜査に加わる。
座間味喜福
琉球警察本部長。
戦前から警察に奉職。
最後の琉球警察本部長にして最初の沖縄県警本部長。
19年前の女性連続絞殺事件当時、刑事課長だった。
当時の経験から、彼は100万ドル強奪の裏側を知っているようで……。
喜屋武幸勇
琉球警察本部・刑事部長。
座間味本部長のもとで、刑事事件を捜査してきた。
19年前の女性連続絞殺事件当時、現場入りした強力班長だった。
当時の経験から、彼もまた100万ドル強奪の裏側を知っているようで……。
ジャック・シンスケ・イケザワ
犯罪捜査局CIDの憲兵大尉。
米海兵隊。
日系二世。
ベトナム戦争で足を負傷して沖縄へ。
ベトナムで現地の女性を妻とした。
父や祖父は日系として差別されたが、戦って権利を勝ち取った。
そのため、戦わない沖縄人に多少、軽蔑の眼差しを向けていたものの……。
真栄田の熱心かつ巧妙な説得で、単独で100万ドル奪還の捜査に加わる。
川平朝雄
沖縄の実業家で、沖縄政財界に太いパイプがある。
アメリカの高官に、恋人を殺された過去を持つ。
その復讐のため、金持ちになって権力を握る。
その権力は今や、在日米軍にまで及ぶ。
彼の真の目的とは?
宮里武男
宮里ギャングのボス。
米兵狩りまでする不良。
沖縄の抗争で名前を売ったが、権力争いに負けて、沖縄を出たはず……。
その宮里は客人(殺し屋)として招かれた神戸から、アメリカの軍船で沖縄入りする。
現場の証拠から、宮里が100万ドル強奪の犯人のようだが……。
真栄田達の必死の捜査で、あと一歩と迫るも姿をくらまして……。
姉の宮里シズを連続絞殺事件で失った過去を持つ。
オーガスト・ミラー
アメリカの二等書記官。
19年前に疑惑を持ったまま沖縄から異動となる。
赴任する先々で婦女暴行の疑念が持たれる。
しかし、外交筋の謀略を各地で手掛けるエキスパート。
国務省は彼を手放さない。
そんなミラーが沖縄に戻ってきて、100万ドル強奪が発生して……。
未読の方はこれよりネタバレなので、本書をぜひ手に取ってご覧くださいね。
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「渚の螢火」ネタバレ解説
【有鄰9月号】3面 人と作品 坂上泉と『渚の螢火』(双葉社)強奪された100 万ドルを奪還せよ。1972年の沖縄を舞台に、琉球警察の捜査を描くサスペンス小説を上梓された坂上泉さんに、作品の構想や創作への思いを語っていただきました。編集・青木千恵 有隣堂各店にて配布中。
— 有隣堂出版部 (@yurin_shinsho) September 4, 2022
100万ドル強奪を計画した者達
100万ドル強奪を計画したのは、ミラーと川平でした。
しかし川平は、ミラーに近付く機会をうかがっていたのです。
川平にとってミラーは、恋人の命を奪った憎き仇だったからです。
ミラーが来日したのを機に、川平は金と女をあたえ、彼の懐に潜り込んだのでした。
そして、信頼できる刑事=真栄田に、ミラーが真犯人かどうか、あぶり出させました。
秘密の暴露
ミラーは真栄田の誘導尋問に引っ掛かってしまいました。
彼はうっかり「女は刺殺された」と口にします。
報道では「絞殺された」としか発表されていないのに。
これで真犯人はミラーに確定。
彼は川平に射殺されたのでした。
100万ドル強奪実行犯の運命
100万ドル強奪の実行犯は、宮里と子分の5人です。
しかし、口封じで子分達が殺されてしまいます。
宮里自身は、何とか生き延びたのですが……。
終盤、ミラーに飛びかかるものの、反撃され射殺されました。
宮里は実の姉をミラーに殺されました。
その復讐のため、川平と手を組んだのです。
川平は宮里の姉の第一発見者でもあります。
数奇な運命……いえ、これも沖縄の宿命といえるでしょう。
インフォーマー(内通者)はまさかの叩き上げ
インフォーマー(内通者)は玉城でした。
動機は金。
癌の妻の医療費を工面したいため……。
しかし玉城には、壮絶な過去がありました。
時は沖縄戦。
当時の収容所のCP(民警察)には何と、囚人が任命されていたのです。
囚人は防空壕にもガマ(洞窟)にも入れてもらえません。
そこで囚人は1番に米軍に投降したのです。
それを米軍は親米派とみなしました。
玉城は、収容所を襲撃して民間人を殺していた兵隊崩れだったのです……。
彼もまた、沖縄の壮絶な歴史の被害者といえないでしょうか?
本当の警官
川平は自爆を選びます。
真栄田は間一髪、100万ドルが入ったスーツーケースを持って脱出しました。
こうして真栄田は、100万ドルを死闘の末、奪還しました。
時間は1972年5月14日23時35分。
沖縄返還まで、あと25分でした。
そして真栄田は、身重の妻に電話をかけます。
真栄田の子どもが生まれたと妻から聞かされます。
この赤ちゃんは、5月15日生まれです。
沖縄県になったその日に、生まれたのでした。
真栄田はこの事件で、日本人でも沖縄人でもアメリカ人でもない……
何者でもない自分と別れを告げます……
彼は「本物の警官」でした。
そして、沖縄人となったのです。
作者の坂上泉先生紹介
古典の翻案自体は過去に無数にあるんだけど、古典を下敷きにした二次創作と、古典の続編の差も、受け手の許容度が変わるだろうという考えと、そもそも現代を切り取るなら古典ではなく自分の独自でやるのがスジとしていい気がする、という自分個人の信念もこれありだったりで
— 坂上泉 (@calpistime) September 4, 2022
坂上先生は1990年、兵庫県でお生まれになりました。
東京大学文学部日本史学研究室で近代史を専攻された天才なんです。
卒業後、一般企業に就職されます。
そして働きながら、2019年「へぼ侍」で第26回松本清張賞を受賞してデビューされました。
二作目の「インビジブル」は何と第164回直木三十五賞候補に!
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同作は第23回大藪晴彦賞、第74回日本推理作家協会賞【長編および連作短編編集部門】のW受賞という快進撃!
今最も、目が離せない作家さんでいらっしゃいます。
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