「名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―」は、白井智之先生の作品で今年一番のミステリーです。
何と解決編だけで、150ページのボリュームがあるんです。
その解決編も、全てに伏線がある=怒涛の伏線回収ラッシュが待っています。
さらに本作は「次は誰が死ぬの?」と緊張するほど、先が読めない展開です。
(登場人物が多いのですが、次々に死ぬのであまり覚えなくていいです)
また「名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―」は”このミス”ランクインか!? と声があがる注目作でもあります。
そこで今回は、本作のネタバレなしのあらすじをご紹介します。
その後は、バリバリのネタバレになるので、未読の方はご注意ください。
「名探偵のいけにえ」あらすじ紹介
名探偵のいけにえ
白井智之うわー………すごいの、読んだ。
推理してそれを覆してまた推理。
多重解決、伏線回収。圧巻でした。
驚愕の展開すぎてもう。
タイトルの意味も…な、なんと……。
いやーすごかった。#読了 pic.twitter.com/19g1raBRWy— あすた@読書 (@MgiiA2) December 3, 2022
主人公は、探偵の大塒宗(おおとや たかし)です。
大塒には、助手のりり子がいます。
二人は、小人症の男に絡む事件を解決しました。
この過程で、実はりり子が名探偵であることが明かされるのでした。
りり子は、ジムが作った宗教団体・人民教会の調査に赴きます。
場所は「ジョーデンタウン」といい、ジムが作った理想郷でした……。
しかし期日を過ぎても、りり子が帰国しません。
そこで大塒はりり子を救うため、ジョーデンタウンへ乗り込みます。
ジムを教祖とするこの宗教団体は、ジョーデンタウンという国を建国するほどの力を持っているのです。
ジョーデンタウンは、病気も障害も無い、夢のような理想郷です……。
といううたい文句ですが、実際は信者同士が互いの病気や障害を”無いもの”として扱う、特殊なコミュニティだったのです。
大塒に付き添った幼馴染はいきなり、教団の信者に射殺されてしまいます。
”不死のジョーデンタウン”なのに、射殺された幼馴染は生き返りません。
その理由は、大塒達が”よそ者”だから……。
何とかりり子と再会を果たした大塒。
りり子は富豪に雇われ、三人の仲間とともに、ジョーデンタウンの調査をしていたのでした。
しかし、りり子達はジョーデンタウンが”まやかしの張りぼて”であることを見抜いてしまったのです。
それに腹を立てたジムが、りり子達を幽閉したしまったのでした。
そんな折、まるで実在する元合衆国大統領(ドナ〇ド)をモデルにしたような下院議員がジョーデンタウンへ乗り込んで……!
さらに、調査団が次々と殺されてしまいます!
大塒とりり子は奇跡が起きたような不可能殺人を解決できるでしょうか!?
そして二人は、生きて日本へ帰れるのか!?
未読の方へ
ここからはネタバレ満載のレビューショーとなります。
ぜひ本作をご覧になったうえで、次へお進みいただけると幸いです。
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「名探偵のいけにえ」ネタバレ
本作のネタバレは、3つに分ける必要があります。
それは次のようになります。
- りり子の推理「人民教会の信者を守る」
- 大塒の推理「信者の立場から」
- 大塒の推理「余所者の立場から」
それぞれについて、見ていきましょう。
※最後の”余所者の立場から”以外は、苦しくて分かりにくいので、飛ばしていただいても結構です。
りり子の推理「人民教会の信者を守る」
りり子は、人民教会の信者を守るという観点から推理を披露しました。
その狙いとして、自分と大塒が無事に脱出したい……という狙いがあります。
最終的にりり子は殺されるので、狙いは外れてしまうのですが……。
アルフレッド・デント殺害
デントが部屋で悲鳴を上げたのは、鏡に映ったジムのポスターが原因です。
デントはヒステリーを起こし、護身用のナイフを自分を刺してしまいました。
こうして密室となってしまったのです(苦しい)。
背中を何度も刺されているのは、実は目撃した信者の仕業だったのです。
「ジョーデンタウンにはいかなる怪我も病気も存在しない」
これを守るために忖度した信者が、デントの背中を刺したのでした(苦しい)。
ジョデイ・ランディ殺害
ジョディは心臓発作の持病があり、それで死んでしまったのでした。
ところが、「ジョーデンタウンにはいかなる怪我も病気も存在しない」。
やはり信者達が、ジョーデンタウンに常備されていた青酸カリを事後に混入したのです。
こうして”不可能な毒殺”が作り上げられたのです。
イ・ハジュン殺害
イは閉所恐怖症です。
そのため、看守を殴って気絶させます。
さらに看守の車椅子と帽子を奪って、牢屋から逃走したのです。
しかし、牢獄の前は急な斜面になっています。
イは車椅子ごと、斜面を転げ落ちてしまいました。
そこに”運悪く”、自殺しようとした信者のワイヤーが張ってありました。
イはこのワイヤーで、胴体を真っ二つにされてしまったのです!(とっても苦しい)。
――このように、”りり子の推理”は非常に苦しいのが現実です。
なにしろ”りり子の推理”は、真実を明らかにするのではなく、無事に脱出するのが狙いなので当然……かもしれません。
実は”りり子の推理”は、大塒と二人で練った嘘っぱちでした。
ではここからは、大塒が導いた「真相」を見ていくことにします。
大塒の推理「信者の立場から」
大塒は連続殺人を”信者の立場”と”余所者の立場”に分けて、推理を披露しました。
これは信者達に”目を覚ませる”という目的のほか、もう一つ、狙いがありました。
それはジムに「奇跡を肯定した殺人者となるか、奇跡を否定して潔白の身となるか」迫るためでした。
どちらを選んでも、大塒にとって大事な助手であるりり子を殺した人民教会を瓦解させられるからです。
それでは、両方の推理を見ていきましょう。
アルフレッド・デント殺害
密室となった現場に残されたいた鍵は、インチキのために使われた”低融合金”によって作られた偽物でした。
となると、低融合金を使えたジムしか犯人はいない――という消去法です。
ジョデイ・ランディ殺害
ジョデイ殺害に使われたの、低融合金でした。
青酸カリをこの金属に入れて、彼女が常飲していた薬のカプセルに似せたのです。
人間は変温動物なので、飲んだ後の体温の変化で金属であるカプセル胃腸の中で溶けるという寸法です。
彼女の殺人でも、低融合金を使えるという観点から、犯人はジム以外にいないのです。
イ・ハジュン殺害
イのトリックは死体のすり替えでした。
大塒がジョーデンタウンに到着したとき、同行した幼馴染が射殺されました。
犯人は、アジア人である彼の死体を悪用したのです。
彼の死体を切断し、イの死体に見せかけます。
そして、大塒とりり子を第一牢獄から出します。
イは第二牢獄から出さず、殺害。
この殺人も、大塒とりり子を牢獄から出す権限を持つ者=ジムが犯人となります。
りり子殺害
ジムがいる”父の家”の外にあるスピーカーだけ、音を正常に鳴らせます。
他のスピーカーは2秒、音が遅れてしまうのです。
りり子は殺害される前、大塒とトランシーバーで話しています。
りり子と話している最中、ジムの演説は遅れるこなく、大塒の耳に聞こえていました。
つまり、りり子は殺害される前、父の家の近辺にいたことになります。
りり子は殺された三人の仇を討つため、ジムを殺そうとして、返り討ちにされた――。
これらが、大塒が考え付いた”信者の立場から”の推理になります。
……苦しいですよね?
最後に、大塒は”余所者の立場から”と称して”奇跡などない”推理=最も合点がいく推理を披露していくことになります。
大塒の推理「余所者の立場から」
アルフレッド・デント殺害
デントは部屋に入る前に刺されていたのです。
その目撃者に信者がいますが、彼にはデントの傷を知覚できません。
なぜなら「ジョーデンタウンにはあらゆる怪我と病気がない」からです。
これで簡単に密室の謎は解けます。
ただし、犯人は絞れません。
ジョデイ・ランディ殺害
ジョディは信者へのインタビュー=茶会の最中に毒殺されました。
彼女が飲んだカップに、毒が塗られていたのです。
ただし、右利きの者だけが毒を服用するように塗られていました。
信者の一人は、右腕がありません。
もう一人の信者は、右手の指を折られていました。
信者達なら、このトリックに気付きそうなものですが……気付きません、絶対に。
「ジョーデンタウンには、あらゆる怪我と病気が存在しない」
信者には、右腕があるように映ります。
信者は、指を折ったことにすら気付かないのです。
なお、現場には細工がなされていました。
この細工をするためには、小窓を通れる人物=子どものような体つきが必要となります。
この時点でもまた、犯人は絞り切れません。
イ・ハジュン殺害
犯人は看守を殴って気絶させ、イを殺害しました。
この看守は意識を失う癖があるものの、本人は「ジョーデンタウンには~」なので、気付いていません。
そして犯人はイの体を切断したうえで、看守のある部分に上半身と下半身を隠して、移動させたのです。
看守は下半身が無いので、車椅子に乗っていました。
犯人は無い下半身に、イの死体を半分ずつ隠して、運ばせたのです。
看守はそれを知らないまま、ただ移動しただけでした、いつものように――。
「ジョーデンタウンには~」の掟どおり、看守は自分に下半身があると信じ切っていたのですから。
ちなみに牢獄に忍び込むには、体つきが子どもサイズでなければ、無理なのです……。
犯人を当てる前には、りり子殺しのトリックを見ていきましょう。
りり子殺害
りり子殺害現場は、密室に近い状況でした。
現場付近にいた信者は「絶対に子どもは見ていない」と断言したからです。
しかし犯人はWと呼ばれている、学校の校長でした。
校長は”小人症”だったのです。
大塒やりり子には、校長=Qは子どものような体つきをして見えます。
しかし「ジョーデンタウンには~」を信じ切っている信者達には、W=校長な大人に見えてしまうのでした。
犯人は、校長=Wでした。
「名探偵のいけにえ」感想
本作を読んだ感想を申し上げるので、もう少しお付き合いください。
二転三転する推理は「medium 霊媒探偵城塚翡翠」の盗作なのか!?
探偵役が自らの推理を二転三転させるのは、ドラマ化もされた「medium 霊媒探偵城塚翡翠」を彷彿とさせます。
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しかし本作は、「medium 霊媒探偵城塚翡翠」と決定的に違う点があります。
それは、「medium 霊媒探偵城塚翡翠」が真犯人を追い詰めるために嘘の推理を納得させた点です。
さらに、推理は2回止まりでした。
対して本作はあくまで、推理は”サバイバル”=”生き残る”ためになされるのです。
そして推理回数は、驚愕の3回です。
今までの推理小説で、同じ殺人事件に推理が3回存在するものはあるのでしょうか?
この点だけ取っても、作者の白井先生の練り具合に頭が下がります。
「medium 霊媒探偵城塚翡翠」については、下記の記事で全シリーズを分かりやすく解説しています。
可愛い城塚翡翠の読み方と画像!シリーズの順番とあらすじ&ネタバレ
本作が他作品の盗作だとは思いません。
むしろ本作などの2~3回に及ぶ推理合戦を見ると、推理小説はそこまでしないとファンを喜ばせられない域に達しているのでしょう。
怒涛の伏線回収は「六人の嘘つきな大学生」を彷彿とさせる!
推理小説ファンなら誰もが心地よくなれるのが、終盤の怒涛の伏線回収です。
本作は目が肥えた推理小説ファンを充分満足させてくれる伏線回収のオンパレードです。
冒頭の名探偵殺しを読んだときは「何これ?」と思いましたが、まさか、ラストでこう繋がってくるとは……。
脱帽です!
またタイトルの「名探偵のいけにえ」が、ネタバレになっているとは……このミスで1位に輝いても、不思議はないです。
【総評】
2022年度は白井智之の年だった。そう断言してしまっても決して過言ではないほどのぶっちぎりの1位である。白井智之と言えば多重推理とグロだが、「名探偵のいけにえ」に限って言えばグロの代わりにエモさ(!)を詰め込んでおり、そういう意味では白井初心者にも勧めやすいだろう。— 麻里邑圭人 (@mysteryEQ) November 19, 2022
最近の伏線回収が素晴らしい作品といえば、「六人の嘘つきな大学生」がありますよね。
こちらは殺人が無いので、血が苦手な方に自信を持っておすすめできます。
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「六人の嘘つきな大学生」については、次の記事で分かりやすく解説しています。
本屋大賞2022六人の嘘つきな大学生ネタバレ考察ヨウイチ解説
”宗教と信教”は現代日本を鋭く抉る!
本作の舞台でありテーマでもあるのが、「宗教と信教」です。
このテーマが推理に直結した作品を初めて読みました。
今の日本はこの問題で大きく揺れているだけに、非常にタイムリーです。
そしてすごく……怖くなったのです。
リアルでは名探偵がいません。
一人一人が地道な努力で解決するしかないのです。
名作「名探偵のはらわた」に繋がる!
本作のおシャレな点として見逃せないのが、「名探偵のはらわた」に繋がる点です。
作中、Qという子どもが登場します。
彼は来日して、探偵となります。
その名前が、浦野灸……そう、「名探偵のはらわた」に登場する”名探偵”ではないですか!?
Qは最後の最後で、大塒を追い詰めるなど、大活躍してくれました。
名探偵としての才能は、本作ですでに開花していたのです。
「名探偵のはらわた」のレビューは必ず書きますので、このブログをブックマークしてお待ちください!
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コメント
(余所者視点のりり子のそれはQではなくWではありませんか、ご確認願います)
あ、本当だ!
ありがとうございます!