小説「爆弾」は、2023年”このミステリーがすごい”大賞=第一位に選ばれました。
作者の呉勝浩先生は、江戸川乱歩賞受賞で一波乱も二波乱もあった規格外の方です(後述します)。
爆弾はこのミス一位に相応しいミステリーにして、群像劇、そして魂を抉るドラマが詰まっています。
タイムリミットものとしても傑作ですが、その分、あらすじが分かりにくい難点も。
そこで今回は、あらすじを世界一分かりやすくご紹介する取り組みです。
さらに、ネタバレ要注意の結末解説と作者の呉勝浩先生のご紹介、そして最後は感想を述べます。
最後までお楽しみください。
酒屋で乱暴をした”スズキタゴサク”という中年男が逮捕され、野方署で取り調べを受けています。
取り調べを担当するのは、感情があるのかないのかハッキリしない刑事・等々力と書記担当の伊勢。
スズキは等々力に「自分は霊感があり、犯罪(爆発)を予期できる」と言い、22時に秋葉原で何かある――と告げます。
実際、22時になると、秋葉原で爆弾が爆発してしまいます。
そして次は23時、東京ドームでの爆弾爆発をも言い当ててしまいました……。
警視庁捜査一課特殊犯から、清宮と類家は派遣されます。
二人と取り調べを交代させられる等々力。
彼に待っているのは、スズキの周辺捜査でした。
警察の”頭脳”たる類家とベテラン刑事の清宮。
新たな取り調べで、スズキは”長谷部有孔(ハセベユウコウ)”の名を口にします。
長谷部は野方署の伝説刑事でしたが、異常な性癖が原因で、警察を追放され、自殺したのでした。
等々力が長谷部の元家族を尋ねると、元妻の明日香が対応しました。
明日香によると、長谷部の自殺で家族は離散してしまったのでした……。
長男の辰馬は行方不明で、明日香は長女と二人で暮らしていました。
そんな明日香は長く、無職のようです……。
一方、スズキのクイズを天才的な頭脳で解いた類家。
次の爆破現場は、九段下の新聞販売所でした。
急行したのは、スズキを逮捕した制服警官の沙良。
彼女の機転と度胸で、爆発による被害者はいませんでした。
清宮の粘り強い取り調べにより、次の爆発現場は、11時の代々木――。
スズキのクイズを解き切っていない清宮と類家は取りあえず、子どもを非難させたのでした……。
――相変わらず、ニヤニヤと気持ち悪く笑うスズキ。
――暖簾に腕押しの敵を相手に、後手に回る類家と清宮。
――長谷部有孔の変態行為の余波で、自分を見失った等々力。
――奔走する沙良には、危険な香りが……。
警察はスズキの爆破テロを止められるのか!?
長谷部有孔とスズキの繋がりは!?
そして明かされるのは、驚愕の真相と結末!
次章はネタバレ解説となります。
ぜひ、本書をご覧になったうえで、お進みください。
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代々木公園で爆弾が爆発。
狙われたのは――かつてのスズキと同じホームレス達でした。
一方、沙羅と相棒の矢吹は、スズキの潜伏先を探り当て、侵入します。
しかそこは、トラップだらけ。
長谷部有孔の息子・辰馬の死体があり、近付く沙良と矢吹。
その時。
沙良は爆発で吹き飛ばされてしまいます。
矢吹は地雷を踏んでしまったのです。
彼が身を挺したお陰で、沙羅は無事でした。
しかし矢吹は、片脚を失ってしまいました。
類家と等々力の必死の知的捜査により、事件の真相が露わになってきました。
実は長谷部有孔の妻・明日香とスズキは顔見知りでした。
同じホームレス仲間だったのです。
息子の辰馬が爆弾テロを仕掛けることを知った明日香は、実の息子である彼を殺してしまったのです。
明日香からこのことを相談されたスズキは、辰馬が仕掛けた爆弾テロを”乗っ取った”のです。
スズキは相談されたとき、明日香に暗に「罪を被ってくれ」と言われた気がして……。
こうした経緯があり、スズキにとっては、明日香もまた憎悪の対象になっていました。
そして終盤、スズキは明日香を煽って、野方署ごと自分を爆破させるように仕組みました。
明日香はリュックに爆弾を積み、野方署に侵入します。
明日香を見た沙良は、彼女の後を追います。
しかし明日香は沙良に、爆弾と起爆装置を持っていることを告げます。
自分をスズキに元へ案内してくれと……。
沙良はこのとき、分からなくなっていました。
スズキを明日香に殺させることが、正義なのではないかと……。
スズキがいる取調室まで、あと少し――。
しかし沙良は明日香に抱き着き、思いとどまるように説得します。
明日香は起爆装置を起動しましたが――爆発しません。
スズキは偽の爆弾を、明日香に持たせたのでした。
明日香が死んで楽になることがなく、永遠に苦しむように。
全てが終わっても、スズキは気持ち悪くニヤニヤと笑っています。
彼が本庁に連行されました。
等々力と類家は、警察が後手後手に回った無力を噛み締めます。
それでも二人は、警察官を続けていくのでした。
それは沙良も同じだったのです。
スズキは曖昧な自供を繰り返しています。
辰馬が作った爆弾の数は判然としていません。
そして事件から一ヵ月が経過しても、最後の爆弾は見つかっていないのでした。
本作の作者である呉 勝浩(ご かつひろ)先生は、1981年9月14日生まれの41歳です。
青森県で生まれ、国籍は韓国です。
大阪芸術大学に進学し、芸術学部の映像学科を卒業した。
それにともない、学士(芸術)の学位を取得した。
在学中に就職活動を一切しておらず、卒業後はアルバイトで食いつないだ。
インターネットや有線音楽放送の販売促進活動に従事していたが、
当時の勤務態度について「ひどい不良アルバイターだった」 と述懐しており
「担当エリアに着いたら、まずファミレスに行って、そこで本を読んでいました」
と語っている。
最終的に、仕事中に持ち場を離れて焼き肉を食べに行っていたことが勤務先に露見したため、解雇された。
当初はしらを切り「俺が食いに行った証拠でもあるんですか」 などと反論したが、
焼き肉を食べている様子を勤務先の社員に目撃されていたという。
なかなか次のアルバイトが見つからず、
生活に不安を感じたことをきっかけに小説を書き始めた。引用:Wikipedia
そして江戸川乱歩賞を受賞したのが、「道徳の時間」です。
この作品は最終選考委員達の間で揉めに揉めました。
大賞に押す委員もいれば、人権上、大変な問題があると指摘する委員が出たのです。
結局、完全リニューアルという形で世に出た”いわくつき”の受賞作となりました。
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先生の主な作品と受賞歴は、以下のとおりです。
2018年(平成30年)「白い衝動」で第20回大藪春彦賞。
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2020年(令和2年)「スワン」で第41回吉川英治文学新人賞
第73回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門。
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2021年(令和3年)「おれたちの歌をうたえ」で第165回直木三十五賞候補。
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本作は最初から最後まで、爆弾がいつどこでいくつ爆発するのか? という緊張感でいっぱいです。
スズキタゴサクという不気味な犯人は最後まで、捉えどころがありません。
不穏な空気と緊張が張り詰めるなか、スズキと対峙する警官は問われます「仲間とは?」と。
等々力にとっての、長谷部有孔。
類家にとっての清宮。
そして沙良にとっての、矢吹。
一方、スズキは仲間だったはずのホームレスの命を簡単に奪ってしまいました。
本作はここから一歩、踏み出します。
すなわち「人を殺して悪いのか?」。
この問いにがんじがらめにされた警察官達。
それでも等々力は、類家は、沙羅は職務を全うし、前に進みます。
それを象徴する次のセリフ達に魂を抉られたので、ご紹介します。
類家「おれは逃げないよ。残酷からも、綺麗事からも」
清宮「――覚悟をもって勧めろ。おれもそうする」
他にも素晴らしいセリフが溢れています。
本作の特徴として、セリフの多用があげられます。
セリフが異常に多いので、とても読みやすいです。
スズキのセリフが長く多いのですが、爆弾のヒントになっています。
また、特に類家のセリフは「暗黒面に落ちたかな?」という危うさを内包しています。
そのせいでヒリヒリするのですが、それがまた絶妙なスパイスになっています。
本作では警察官と並行して、内気な大学生・ゆかりの物語があります。
彼女の物語は、爆弾発見とは無関係です。
しかし、どこにでもいる女子大生の生活に突如、爆弾テロが襲いかかります。
彼女は内気ゆえに悩みが多く「この街に隕石が落ちてしまえばいいのに」と世の中を呪っていました。
それが未曾有の爆弾テロに叩き落され、成長していきます。
ゆかりの成長物語は、本作の数少ない”爽やかさ”を感じさせてくれます。
このミス一位に相応しい、傑作ミステリーにして見事に”人間”を描き切った素晴らしいドラマでした。