プリンシパルは”このミステリーがすごい!2023年版”の5位に選ばれた名作です。
しかしミステリーというよりは、ノワール(暗黒)小説の趣が強い作品です。
バリバリのヤクザもので、残虐シーンもあるため、読者を選ぶ作品でもあります。
とはいえ、主人公や元教師の女性のため、女性読者にもお薦めできます。
ミステリーとして評価されたのは、伏線とその回収が見事だったからでしょう。
そこで今回はまず、プリンシパルのあらすじをご紹介するので、お読みになるか否かの判断材料にしてください。
そしてお読みになった方向けに、ネタバレ解説を行います。
さらに、未読の方でも安心な作者の長浦京先生のご紹介や本作のモデル暴露を行います。
ぜひ最後まで、お楽しみください。
時代は終戦を迎える日本、舞台は東京です。
教師をしている綾女は、水嶽組組長の娘でした。
父親が亡くなったとき、跡目がいないため、彼女が後を継がねばなりません。
二人の兄を戦争にとられ、もう一人の兄・桂次郎は精神を病んで療養中だからです。
ヤクザが大嫌いな綾女。
しかし彼女が身を寄せた青池家に敵対する複数の暴力団が押し入ります。
青池家の者達は、綾女を隠しました。
その隠し場所を吐かせるため、青池家の者達は拷問されて殺されてしまいます。
※このシーンが最も残酷なので、注意が必要です(40ページ)。
復讐を誓う綾女。
彼女は押し入った暴力団組織や裏切り者達を、焼夷弾と組織力を使って壊滅させたのでした。
こうして、望まぬ形ながらも、綾女は水嶽家の当主となってしまいました。
戦後復興がまだ形になっていない日本で、綾女は父が隠した財産を使い、水嶽家を肥え太らせます。
そして戦後復興と朝鮮戦争による”戦争特需”が見え始めた時代、水嶽家はすでに一大勢力となっていました。
その財力と影響力は、時の内閣やGHQすら無視できません。
こうして、総理を狙う老獪な政治家やGHQの士官達が次々と水嶽家の勢力を狙って、つけ込んできました。
綾女の敵は、彼等だけではありません。
彼女が復讐のために殺害した暴力団組織の親類縁者が、今度は綾女に復讐を誓ったのです。
さらに。
戦争から、二人の兄が帰国します。
桂次郎も回復し、働ける状態です。
水嶽家の跡目を競って、血縁者とも争うことを強いられる綾女。
次々と送り込まれる暗殺者達。
兄二人は、綾女を疎んで、ついには……。
殺伐とした時代、それでも綾女には、心の拠り所がありました。
一人は、ボディガードにして恋仲の飛田。
そして演歌歌手・美波ひかり(美〇ひ〇り様がモデルと思われます)。
しかし。
日本屈指の暴力団組織の頂点に立つ綾女に、恋人は許されません。
さらに、ひかりが妊娠。
ひかりは綾女に子どもを産ませてくれと、切望します。
ところが、ひかりは関西の暴力団がバックについています。
ひかりの出産を守ってやれば、”不義理”として、日本の半分のヤクザが敵に回ってしまう……。
それでも綾女は、ひかりの出産を守ってやる決意を固め――。
そうして目の前に現れた、最悪の復讐者・熊川万里江。
万里江は水嶽商事の乗っ取りを狙い、綾女を何としても殺そうと――。
元教師の綾女に、凶刃が迫る!
激動の時代、総理大臣をめぐる政争を勝ち抜けるのか!?
圧倒的な戦力を誇るGHQの圧力を、綾女は押し返せるのか!?
兄弟である二人の兄との跡目争いは!?
そして万里江との死闘の決着は――!?
次の章は、バッキバキのネタバレとなります。
ぜひ、本作をご覧になってからお進みください。
また、未読の方は作者の長浦京先生のご紹介へ、お飛びください。
綾女率いる水嶽組は義理を通す意味もあり、旗山という老政治家を担ぎます。
しかし立ちはだかるのは、現職の総理・吉野繁実。
綾女は汚れ仕事の褒美にGHQから提供された吉野の弱味(汚職)を利用します。
実はこの吉野、水嶽組を嫌っていて、万里江を利用して潰そうとしていました。
(吉野は暴力団が大嫌い)
しかし弱味を握られ、吉野は水嶽組から手を引かざるを得ません。
そして水嶽組は、旗山を総理の椅子に座らせました。
しかし旗山は、万里江殺害で青酸ガスまで使った綾女に恐怖を抱いてしまいます。
そして彼は最後の最後、綾女の暗殺に頷くのでした。
戦後の日本は荒廃し、秩序がズタズタでした。
その秩序を担ったのが、綾女率いる水嶽組です。
よってGHQも、水嶽組を潰せません。
そこで、二人の中尉達は金目当てに、綾女を強請ります。
この二人を返り討ちにしたものの、GHQの最高指揮官から、無茶ブリを強いられてしまいます。
朝鮮戦争に、元日本兵を組織して派遣させろ――という内容でした。
綾女は何とか工面します。
また、戦争で不使用に終わった青酸ガスの処理まで、押し付けられました。
水嶽組は唯一、GHQには逆らえませんでした。
何とか仕事をこなしながらも、綾女はGHQと色々な取引に持ち込むことに成功。
さらに、水嶽組を盤石な組織にしたのでした。
長男、麟太郎。
三男、康三郎。
康三郎はB級戦犯として、米軍に逮捕されていました。
綾女は何とか釈放させようとしますが……。
康三郎は戦争で人が変わってしまっていました。
結局、彼は獄中で自害したのです。
長男の麟太郎は水嶽組の会長の椅子を綾女からもらいました。
しかし、実質的に組織を握っているのは、綾女。
彼は、綾女を陥れようとします。
二つに割れてしまいそうな、水嶽組。
しかし、綾女の方が上手でした。
綾女暗殺に失敗した麟太郎を逆に、暗殺してしまったのです。
実の兄弟で、骨肉の命の奪い合い――。
麟太郎もまた、戦争で精神を病んでいたのです。
戦争と暴力団。
本作は、この二つに翻弄される一族を描いた大河ドラマでもあります。
綾女と万里江は互い、人質をとります。
そして、人質交換の日。
万里江は人質の命などお構いなしに、綾女を殺そうとしました。
しかし綾女は、現在に青酸ガスを散布します。
双方の人質とボディガードが、全滅。
綾女だけが、生き残りました。
演歌歌手・美波ひかり。
戦後日本に輝く、星。
綾女はひかりを、実の娘のように大切に思っています。
そんなひかりが、妊娠してしまいました。
時代の背景として、若手演歌歌手は、アイドルのような存在です。
妊娠はおろか、恋愛さえ禁止されています。
バックにいる関西の暴力団は、ひかりに子どもをおろすことを強要しました。
逃げ出したひかりがすがったのは、綾女――。
綾女が彼女を守ると決意したら、関西の暴力団は敵に回ります。
さらに、その綾女の決断と行動は”不義理”のため、日本の半分の暴力団が敵に。
それでも綾女は、ひかりに決めさせてあげます。
ひかりが選んだのは――産まない、でした。
小説プリンパルはミステリーというより、”ヤクザ小説”です。
しかも、戦後の動乱をダイナミックかつ生々しく描いています。
奇麗事無しなので、ときに残酷です。
戦後すぐの暴力団が、いかに必要悪かが、これでもかと描かれます。
警察が機能していないので、秩序維持を行います。
経済も麻痺しているので、市場を仕切ります。
国民全体が、暴力団に依存していた時代なのです。
そうして肥え太った暴力団が、GHQや政界と癒着し、骨肉の争いを繰り広げるのは、当然なのかもしれません。
本作の主人公は、歴史教師の綾女です。
ひょんなことから、水嶽組組長になってしまいます。
時に、歴史の知識を駆使して”チート”に戦います。
しかし素人なので、消耗具合が激しいのです。
薬物中毒になり、愛する飛田が――。
綾女の愛する人は、飛田に修造に……悲劇的な最期を遂げます(ネタバレ、すいません)。
最強の暴力団組織の頂点に君臨しながら、本当に欲しいものは何一つ、手に入らないのです。
そんな綾女が覚悟を決めたシーンが、ひかりの出産でした。
個人的に、ここが最もヒヤヒヤしました。
ひかりが大人な決断をしたから、綾女は万里江との一騎打ちに集中できたのです。
そうしてひかりもまた、大人の酸いも甘いも、噛み締めて――。
本作は演歌歌手・美波ひかりの成長物語でもあります。
長浦先生は、埼玉県でお生まれになりました。
先生の最終学歴は、法政大学・経営学部卒業です。
卒業後、先生は出版社に勤務されました。
そして放送作家になられるも、難病指定の病にかかり、闘病生活へ。
退院後に書き上げた時代小説「赤刃」が、第6回小説現代長編新人賞を受賞し、デビューされました。
闘病生活を経た先生は
「入院中に、命とは何か、生きるとは何かについて考えるようになり、それがきっかけで小説を書いた」
とおっしゃっておられます。
先生の主な作品は、以下のとおりです。
2016年「リボルバー・リリー」:第19回大藪春彦賞、2016年版「週刊文春ミステリーベスト10」第12位
2021年「アンダードッグス」:第164回直木三十五賞候補
特に「リボルバー・リリー」は、戦後のダイナミズムという点で本作と共通点があるため、お薦めできます。
小説プリンシパルのモデルは、映画「ゴッド・ファーザー」だそうです。
しかも、戦後の動乱を描いた大作である点も、見逃せませんね。